001 無鉛上絵具 誕生ストーリー

001 無鉛上絵具 誕生ストーリー

現在、肥前陶磁器産地にて使用されている無鉛上絵具は、当センター研究員が1988年(約34年前)頃から研究開発をスタートし、そこから10年ほどかけて国内外での特許の取得や産地内での普及・実用化するまでの取り組みを行いました。そのストーリーをご紹介します。

 

開発のきっかけ

 

 日本では、陶磁器を食器として使用する上で、人体の安全を守る目的から、食酢や果汁など酸性溶液の作用によって釉薬や上絵から溶け出す有毒な「鉛」の量が、国の法律(食品衛生法)で厳しく規制されています。陶磁器用上絵具は、ガラス粉(フリット)と発色剤(金属酸化物や顔料)から構成され、フリットには従来から鉛ガラス粉(以下、有鉛フリット)が使用されています。有田焼の上絵具にも同様に有鉛フリットが使用されていました。

 無鉛上絵具の研究開発のきっかけとなった背景は、昭和63年頃にメディアから発信された陶磁器製品から溶出する鉛量の大幅な規制強化の情報でした。有田焼は上絵製品が多く、鉛溶出規制が強化されると産地の死活問題となりかねませんでした。そこで、有田焼陶磁器業界では、鉛溶出の防止法について様々な研究を行いました。しかし、決め手となる手段はありませんでした。それならいっそのこと上絵具自体を無鉛化しようと考え、上絵具の無鉛化研究に取り組みました。

 

まずは無鉛フリットの開発から

 

 無鉛上絵具を開発するため、鉛を全く含まない上絵具用フリット(以下、無鉛フリット)の開発から着手しました。無鉛フリットの開発は、フリットの熔融温度(熔ける温度)×熱膨張(温度の変化に対する伸び縮)×耐酸性(酸に対する溶けにくさ)のバランスをいかに取るかが課題です。例えば、一般的にフリットの熔融温度を陶磁器の上絵焼成温度(上絵具を焼き付ける温度)である約800℃以下に調整しようとするとアルカリ及びアルカリ土類成分を多く配合しなければならず、その結果、フリットの熱膨張係数は磁器の熱膨張より大きくなり上絵に貫入等の欠陥が生じます。さらに、耐酸性も低下します。また、フリットの熱膨張を磁器の熱膨張に適合するように調整し、耐酸性を高くしようとするとケイ酸成分を多く配合しなければならず、熔融温度が800℃よりも高くなり上絵具が十分に熔融しません。

 この課題を解決するため、いろいろな元素の配合を検討した結果、フリット組成へ希土類元素(La:ランタン等)を配合することを見出しました。酸化ランタンは2mass%程度フリットに配合すると、熱膨張を大きく変化させずに耐酸性を大幅に改善できます。この発見により、フリットの熔融温度×熱膨張×耐酸性のバランスをとることができ、無鉛上絵具用の無鉛フリットを開発することができました。

 

 

無鉛上絵具の完成と普及

 

 開発した無鉛フリットに発色剤として顔料や金属酸化物を配合し、無鉛上絵具の原形が誕生しました。その後、無鉛上絵具は窯元や上絵付業者の製造現場で試用してもらい、改良点などの意見を収集して、絵具の使い易さや有田焼で重要な赤上絵具の高品質化など随時改良を行い、無鉛上絵具を完成させていきました。

 一方、無鉛上絵具の開発及び改良と並行して、陶磁器業界に対しては、絵具の使用方法の実習や、鉛溶出規制の実態などの社会情勢や商取引上における鉛溶出強化の影響といった外部講師による講習会を実施して、陶磁器製品の無鉛化の普及・啓蒙を行いました。その結果、有田焼の無鉛化は徐々に推進されていき、現在のより安全な食器開発に繋がっています。

実用化された無鉛絵具 有限会社EXCEL制作サンプル

無鉛上絵具を使用した作品 窯業技術センター所蔵

(主幹 吉田秀治)